ワインの香りを表現する際に、しばしば 「スギ」 という言葉が登場します。 この「スギ」という言葉は、おそらく英語の「Cedar」に由来しており、Cedarは正確には日本のスギと異なるセイヨウスギを意味します。 厳密には、日本のスギは、マツ綱のヒノキ科スギ属で日本固有種であり、Cedar は、マツ目マツ科のヒマラヤスギ属です。 香りとしては、スギもCedar(ヒマラヤスギ)も一般に、 森林浴を思わせる爽やかさや清涼感を香り を持つと言われています。基本的には、 「スギ」 も 「Cedar」 を似たような香りを持っているようです。 さて、ワインにおいて 「Cedar」 という言葉が使われる場合、多くの場合、これは 樽熟成を経た赤ワイン に対して使われます。「Oak」という表現に類似しており、 ワインが持つ木の香り を表す言葉として使われます。(※樽熟成の代わりにオークチップを使った場合でも感じられるようですが、その香りは弱くなるようです) そのため、香りのタイプとしては通常、 第2の香り(ワイン醸造に関係する香り) に分類されています。 また、ブドウ品種としては 「カベルネ・ソーヴィニヨン」 によく使われる言葉としても知られています。 カベルネ・ソーヴィニヨンは、製造工程において、比較的、 長期の樽熟成を伴う ことの多いブドウ品種です。そのため、ワインはオーク樽由来の木の香りを帯びることが多く、このような表現と相性が良いのだと思います。 また、カベルネ・ソーヴィニヨンは品種由来の香りとして、 「メンソール」 や 「ハーブ」 のような 青さや清涼感のある香り を持つことで知られています。これが樽熟成に由来する木の香りと相まって、森林浴を思わせる爽やかさや清涼感をもつ 「Cedar」 や 「スギ」 という表現用語で表されるのだと思います。 時々、カベルネ・ソーヴィニヨンの品種特徴として「スギの香り」と書かれていることがありますが、樽熟成を伴わないカベルネ・ソーヴィニヨンからはもしかしたらスギの香りは感じられないかもしれません。 一般的に、「スギ」や「Cedar」の香りを持つ赤ワインは、フレンチオークで熟成されたものであると言われています。例えば、ボルドーの赤ワインや、高品質なナパバレーのカベルネ・ソーヴィニヨンなどがこれに当たります。 アメリカンオークが樽熟成に使われた場
比較的暖かい地域でブドウ栽培をする場合、高品質なブドウを作るためには海風や標高による冷涼効果が必要だと言われます。
アメリカ(カリフォルニア)、オーストラリア、南アフリカ、アルゼンチンなどのヨーロッパよりも暖かい国々において高品質なブドウを造る産地には、例外なく冷涼効果が存在すると言われます。
例えば、カリフォルニアのソノマやナパヴァレーは、寒流であるカリフォルニア海流によってブドウ畑が冷やされます。
アルゼンチンのメンドーサでは、アンデス山脈の標高によるブドウ畑の冷涼効果が得られます。
このような比較的暖かい地域の高品質なブドウ栽培において、なぜ冷涼効果が好まれるのかを考察してみました。
結論から言うと、冷涼効果が必要な理由は次の2点ではないかと思います。
・果実の成熟が遅くなり、香り/風味やタンニン(+色素)が十分に成熟する
・ブドウの酸味が保持される
果実の成熟が遅くなるとなぜ良いのか?
温暖で、比較的乾燥した気候はブドウ栽培にとって理想的な環境です。しかしこのような環境では、ブドウに糖分が最も早く蓄積する傾向があると言われます。ブドウの糖の蓄積は、ブドウの蒸散速度と相関関係があり、涼しく湿気の多い条件よりも暖かく乾燥した条件の方が、蒸散速度が速くなるためです。
暖かく乾燥した気候では、この糖の蓄積が速すぎて、香り・風味やタンニン、色素などが十分に熟成する前に、ブドウの糖度が高くなりすぎてしまいます。
この場合、ブドウの糖度が高くなりすぎる前にブドウの収穫を行うと、香り・風味やタンニン、色素などは未熟なままとなってしまいます。
一方で、(天候が許す場合)香り・風味やタンニン、色素などの成熟を待ってから収穫を行うと、ブドウの糖度は高くなりすぎてしまい、結果として製造されるワインのアルコール度が高くなりすぎてしまうかもしれません。
どちらの場合でも、糖度の蓄積が早すぎて、ブドウは品質面において何らかの問題を抱えていることになります。
この概念をチャートで表すと次のようになります。
今度は冷涼効果がある場合を考えます。
冷涼効果がある場合、ブドウ畑の平均的な温度は低くなるために、温度と相関性のある糖度の蓄積は遅くなります。
先程の場合と比べると、糖度の蓄積のみが、香り・風味やタンニン、色素の成熟よりも大きく先走ることはありません。
そのため、理想的な場合、糖とその他の成分(香り・風味やタンニン、色素)が十分に成熟した段階で収穫をすることが可能となります。
つまり、糖、香り・風味、タンニン、色素の全てが十分に成熟した、高品質なブドウを収穫することが可能となります。
この概念をチャートにしたのが下の図です。
「果実の成熟」という言葉は、定義によって「糖度の成熟」、「酸度の成熟」、「香り・風味の成熟」、「タンニンの成熟」など様々な成分の成熟を指す可能性があります。
しかし、ここでは「果実の熟成 = 糖度の熟成(凝縮)」と捉えると、果実の熟成の遅れ(糖度の凝縮の遅れ)が高品質なブドウの収穫につながることが分かると思います。
冷涼効果でなぜブドウの酸味が保持されるのか?
ブドウ中の酸は、結実からヴェレゾンの期間にブドウの実の中に蓄積されていくと言われます。
ブドウの果実に含まれる主な酸は、酒石酸とリンゴ酸の2つであり、暖かい地域のワインではこの2つの酸が酸の総量の3分の2を占めるとも言われます。
酒石酸については、ヴェレゾン後のブドウ果実の成熟期間中には、その総量に変化はありません。しかし、ブドウ果実には糖分や水分が蓄積されていくために、相対的にその凝縮度も下がります。
リンゴ酸についても相対的な凝縮度が下がるのですが、リンゴ酸はさらにブドウの呼吸によっても消費されるため、総量と共に、凝縮度はさらに下がります。
呼吸のスピードは、温度の高い地域では早く、温度の低い地域では遅いと言われます。そのため、暖かい地域では酸の総量、特にリンゴ酸の量は早く減少します。
しかし、冷涼効果によって平均気温が低くなる地域では、ブドウの呼吸のスピードが落ち、ブドウの果実の酸が保持されるわけです。
ブドウが酸味を持つメリットは?
酸味は、ワインに新鮮さや骨格を与えます。
特に骨格は、ワインの果実味や糖分とバランスをなす要素です。
暖かい地域のワインは果実味が強くなりがちで、高品質のブドウは通常、この果実味とバランスの取れるような骨格(酸味やタンニン)を持っています。
果実味が強いわりに、酸味やタンニンの骨格のないブドウから造られたワインは、少しぼやけたような味に感じられるかもしれません。
このように、ブドウの酸味が保持されることで、高品質なブドウに必要な果実味と酸味のバランスが与えられるわけです。
上に説明をしたような理由から、温暖な地域で高品質なブドウを造る場合には、冷涼効果がこのまれるのだと思います。