赤ワインの製造には、「房ごとのブドウを用いた発酵手法」が用いられることがあります。
「房ごとのブドウを用いた発酵手法」を用いると次のような特徴を持ったワインが製造されると言われています:
① 嫌気性の反応(ブドウの細胞内の発酵)が起こるためにキルシュやバナナ、風船ガム、シナモンのような独特な香りが加えられる
② 嫌気性の反応(ブドウの細胞内の発酵)によりリンゴ酸が消費されて酸味が抑えられる
③ 嫌気性の反応(ブドウの細胞内の発酵)によりグリセロールが生成されてワインに質感が加えられる
④ 茎由来のスパイスやハーブの香りがワインに加えられる
⑤ 茎由来のタンニンがワインに加えられる
ちなみに、『マセラシオン・カルボニック』も「房ごとのブドウを用いた発酵手法」の1つです。マセラシオン・カルボニックで製造されたワインは次のような特徴を持っていると言われています:
Ⓐ 品種由来の香りに加えて、キルシュやバナナ、風船ガム、シナモンのような独特な香りを持つ
Ⓑ フルーティーでタンニンが少なく、早飲みスタイルのワインを造る
ここで1つ疑問が発生します。上にあげた特徴の⑤とⒷは明らかに矛盾しているような気がします。
「房ごとのブドウを用いた発酵手法」を用いると茎の存在のためにより多くのタンニンが抽出されるはずなのに、マセラシオン・カルボニックではタンニンが少ないワインができると言われています。
一見、矛盾に思われるこの特徴の違いがなぜ表れるのかを、一般的な「房ごとのブドウを用いた発酵手法」と「マセラシオン・カルボニック」の工程を比べることで調べてみました。
まず、「房ごとのブドウを用いた発酵手法」としてよく用いられる、破砕したブドウマストに房ごとのブドウを加えて発酵させる手法の工程をしたにまとめてみました。
この工程では、果皮や種子に加えて茎もマストに加えられてマセレーション~アルコール発酵が行われています。
タンニンはアルコールに溶けやすい性質を持っているために、発酵によってアルコールが生成されることで、果皮や種子、そして茎から多くのタンニンがマスト内に溶け出します。
これが「房ごとのブドウを用いた発酵手法」において、茎由来のタンニンが抽出される理由です。
では次に、「マセラシオン・カルボニック」における流れを見てみたいと思います。下にマセラシオン・カルボニックにおけるマセレーション~発酵の過程をまとめてみました。
マセラシオン・カルボニックで特徴的なことは、発酵容器内から酸素取り除くことで、細胞内の発酵を起こさせることです。
細胞内の発酵はアルコールを生成し、ブドウのアルコール度数が2%に達すると、ブドウの果皮が割れ始め、果汁が放出されます。そして放出された果汁は圧搾されて、今度は酸素のある状態で酵母による通常のアルコール発酵が行われます。
マセラシオン・カルボニックの場合、果皮や種子、そして茎とのマセレーションが行われている状態ではアルコール度はわずか2%程度にすぎません。そのために、この状態においては果皮や種子、茎から抽出されるタンニンはごくわずかです。
本格的なアルコール発酵は、圧搾後に行われ、この段階で一定量のアルコールが生成されることになるわけなのですが、この時点では既にタンニンのもととなる果皮や種子、茎は取り除かれています。
このような工程を経るために、茎を含んだ発酵手法であるにも関わらず、「マセラシオン・カルボニック」ではあまりタンニンが抽出されないのだと考察されます。
補足となりますが、色素はタンニンとは異なり、水に良く溶ける性質を持っているために、マセラシオン・カルボニックの発酵過程においても色素の抽出はしっかりと行われるそうです。
以上が、ブドウの茎を含む発酵にも関わらず、「マセラシオン・カルボニック」でタンニンがそれほど多く抽出されない考察となります。
<了>